企業は、自社が生き残っていくために、様々な戦略を立てて日々の企業活動に取り組んでいます。ビジネスにおける戦略に関しては、様々な種類が存在しますが、そのうちの1つに軍事作戦をモデルにしたランチェスター戦略というものがあります。この記事ではランチェスター戦略の概要から企業における具体的な事例について解説します。
ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、もともと軍事作戦で使用されていたモデルですが、ビジネスとも似ている部分があるため、企業においても活用されている戦略のモデルです。
このランチェスター戦略は、第一次世界大戦の際にイギリスのランチェスターという航空工学のエンジニアによって発表されました。具体的には後述しますが、戦いを定量的、統計的観点から捉え戦略を立てている点に特徴があります。
ランチェスター戦略について
現在、ランチェスター戦略は、企業が競争を生き残っていくために主にマーケティングの分野で活用されています。
ランチェスター戦略の特徴は、企業の強みを質的経営資源と量的経営資源に分けて書く資源の効果的な使い方を導き出している点にあります。量(人の数やお金)だけで戦略を立てるわけではないので、大企業から中小企業までそれぞれの規模にあった戦略を立てることが可能です。また、中小企業が大企業に勝つことも十分にできるでしょう。
中小企業とランチェスター戦略
後述しますが、ランチェスター戦略においては、弱者は弱者の戦い方を強者は強者の戦い方をすることになります。
そのため先述の通り、ランチェスター戦略を活用すれば、自分たちの経営資源(人、もの、お金)に適した戦略の立案が可能となり、中小企業でも大企業に勝つことができます。
例えば、戦略次第では大企業が参入していないニッチな市場でトップのシェアを獲得することができるかもしれません。ニッチ市場でもシェアがトップとなれば、優位性を得ることができ、価格主導権を握ることができため、収益を安定させることができるでしょう。
ランチェスター戦略の2つの法則について
もともと軍事戦略で活用されていたランチェスター戦略では、軍事力の強さを「戦闘力」として、その戦闘力は「武器効率」と「兵力数」によって決まると考えます。
一方で現在、企業において用いられるランチェスター戦略では、以下のように変換しています
・戦闘力:営業力(売上をアップさせ、利益を確保すること)
・武器効率:質的経営資源(商品力や技術力)
・兵力数:量的経営資源(社員数や設備の数)
つまり、企業におけるランチェスター戦略は、質的経営資源と量的経営資源を用いて営業力をアップさせるということになります。
そして、この営業力アップのための戦略立案には、「弱者の法則」と「強者の法則」という2つの法則があります。
続いては、それぞれの法則について解説します。
弱者の法則
弱者の法則とは、量より質という考え方に基づいた戦略立案方法です。その名の通り弱者(市場占有率2以下の会社)が取るべき法則です。
弱者の法則では主に質的経営資源を活用します。量では敵わない市場のトップシェアを誇る企業に対して質で勝負するというわけです。具体的には、他社との差別化や集中戦略などが挙げられます。量では勝負できないものの特定の顧客層などに対してアプローチをして、市場における優位性確保を目指していくというイメージです。
そういった背景もあり、中小企業などでも取り入れやすい法則だと言えます。
強者の法則
強者の法則は、質より量という考え方に基づいた戦略立案方法です。市場占有率1位の会社が取るべき法則だとされています。
社員数や設備数、資金など量的経営資源が豊富にある企業が取り入れやすい法則です。強者の法則における戦略の1つにミート戦略というものがあります。これは、競合他社が販売する商品やサービスに似たようなものを自社でも販売し、差別化をしにくくすることで優位性を確保するというものです。また、特定の領域だけに絞るのではなく、市場全体の占有率を高めるという方法も強者の法則の戦略の1つです。いずれにしても、お金や設備が豊富にあることによって実現できる戦略と言えます。
ランチェスター戦略とマーケットシェア理論
ランチェスター戦略において、弱者の法則、強者の法則どちらを採用するのかを決める際、重要となるのがマーケットシェア理論です。続いては、このマーケットシェア理論について解説します。
マーケットシェア理論とは
マーケットシェア理論とは、企業が市場に参入するときやシェア拡大を狙うときに活用する理論のことです。理論にはクープマンモデルという軍事シミュレーションモデルに基づいて算出されたシンボル目標値というものが7つあり、目標値によってランチェスター戦略のとりかたも変わってきます。
7つそれぞれの目標値と意味
マーケットシェア理論における占有率の目標値とそれの意味は以下の通りです。
・上限目標値(73.9%):市場を一社が独占している状態
・安定目標値(41.7%): 市場において圧倒的な優位性を確立した状態。多くの企業が目指す目標値
・下限目標値(26.1%):強者となるための最低条件
・上位目標値(19.3%):ここから下は弱者の法則が適用される。上位目標値は弱者の中では最も強者となる
・影響目標値(10.9%):市場への影響力がある目標値。新規参入企業はまずここを目指す
・存在目標値(6.8%): 競合他社から競合と認められるレベル。一方で、市場への影響力はないことから場合によっては撤退も検討する
・拠点目標値(2.8%):競合他社から競合とみなされないレベル。この目標値に届いたら弱者の法則に基づいた戦略を開始する
戦略を立案する上では、まず自社がどの立場にいるのかを把握するところから始めてみてください。
ランチェスター戦略の事例
最後に、ランチェスター戦略を実際に実行している企業の例を紹介します。ここで取り上げるのは以下の5つの企業です・
・マニー株式会社
・QBハウス
・ピーターパン
・セルコ
・ハウステンボス
いずれの企業も弱者の法則による戦略で成功を収めています。
1. マニー株式会社
マニー株式会社は、栃木県にある医療機器メーカーです。同社では、会社としてやらないことを明確に打ち出すことで業界におけるポジショニングを確保しています。
マニー株式会社がやらないことは以下の4つです。
・医療機器以外扱わない
・世界1の品質以外は目指さない
・製品寿命の短い製品は扱わない
・ニッチ市場以外に参入しない
同社の事業の中にはニッチな分野に関連した事業もありますが、ニッチ分野の事業だけで売り上げの30%を超えることもあるそうです。
また、製品を新たに出す場合は、「世界一か否か会議」と呼ばれる会議が開かれます。これはその名の通り、新しい製品が世界一であるかどうかを様々な視点から分析するというものです。徹底的にニッチな分野を攻め、そこでトップのシェアを獲得することで市場における優位性を確保しようとしているのです。
2. QBハウス
1,000円カットとしておなじみのQBハウスも他の美容室との差別化を図ることで成功を収めています。QBハウスの特徴は、市場をとことん細分化した点にあります。
美容室とは従来、「時間やお金をかけて美しくなりに行く場所」というものでしたが、QBハウスでは、そういった人たちではなく「手間をかけずに身だしなみをちょっと整えたい」というターゲットにしています。美しくなることよりも、時間を重視しているユーザーに着目した点は、これまでの美容室とは大きく異なります。
そういったユーザーを獲得するために、駅構内に店舗を構えたのも従来の美容室にはない戦略でした。
このように、市場を細分化し、特定のターゲットに絞って戦略を立案することで、QBハウスは業界においても独自のポジションを獲得することができています。
3. ピーターパン
ピーターパンは、千葉県のパン屋です。しかし、ただのパン屋ではなく年間200万人が訪れ、7つの店舗合計で19億円の売り上げを記録するパン屋です。
お店は「ちょっと贅沢、ちょっとおしゃれな食文化を提供します」というコンセプトによる店作りを行なっており、パンの原価は競合他店よりも高くなっています。その一方で、価格は他店よりも安くしているため、お客はコンセプトの通りちょっとした贅沢を楽しむことができるのです。
お店の粗利率は下がってしまいますが、客数や客単価は上がるため、売り上げを確保することができています。また、売り上げが多いということは、パンが売れるスピードも早いということになるため、同店では常に焼きたてのパンを提供する形になっています。この焼きたてのパンを販売するというのも他店との差別化につながっています。
4. セルコ
セルコは長野県のコイルメーカーです。元々は下請け会社として、コイルを作っていましたが、コイルの製造が海外で行われるようになったことで、セルコは存続の危機を迎えてしまいます。
そういった中で同社は、特殊なコイルに対する需要があることに着目し、少量多品種という他社が行わないスタイルの製造を開始しました。通常であれば、少量多品種だと売り上げの確保が難しくなってしまいますが、需要があったことに加え、会社の規模が小さかったために、少量多品種でも十分にやっていくことができたのがセルコにとっては大きなポイントとなりました。
また、同社は規模こそ小さいものの、高い技術力を持っていたため、独自の技術によってお客の問題を解決するようなコイルの開発なども手がけることができました。そのような取り組みを継続していった結果、セルコtは独自性を持ったコイル会社として業界内でも地位を獲得することができています。
5. ハウステンボス
ハウステンボスは長崎県佐世保市にある、オランダの町並みが楽しめるテーマパークです。しかし、長崎県佐世保市という立地に加え、オランダの町並み、というテーマがニーズに合わなくなったこと、そして商圏の規模の小ささなどから経営破綻を起こしてしまいました。
そういった中で、2010年に澤田秀雄氏が社長に就任し、以下の取り組みを行うようになります。
・掃除をする
・明るく元気に仕事をする
・経費を2割下げて、売り上げを2割増やす
上記の取り組みは、特別なものではありません。むしろ当たり前とも思えることです。しかし、この当たり前のこと、つまり凡事を徹底してやり抜くことができれば、それが圧倒的かつ絶対的な違いを生み出すことができると、澤田氏は考えていたのです。
また、上記以外にも、敷地面積の1/3をフリーゾンにして2/3を有料ゾーンにすることで、維持管理コストの削減と賑わい感を取り戻したり、冬のイルミネーションの電球数を1,000万球にして世界最大級の規模にしたりするなどの取り組みも行なった結果、ハウステンボスは少しずつ再建されていきました。
他社との差別化を図る方法はいくつもありますが、ハウステンボスのように当たり前のことを当たり前のように行い続けることでも違いを作り出すことはできるのです。
まとめ
この記事ではランチェスター戦略の概要や企業における事例について解説しました。市場における弱者であっても、戦略次第では十分に勝ちを収めることは可能です。そのためにも、自社の市場における立場を把握し、経営資源の活用方法を検討するようにしましょう。