保険業界で使われたモラルハザードは、金融や経済学などにも広く使われるようになりました。特に経済学では研究が進んでいます。モラルハザードの意味、なぜモラルハザードは起こるのか、金融・保険・経済学での使い方を解説します。
モラルハザードとは?
保険業界で使われていたモラルハザードという言葉。モラルハザードの意味や注目された理由について確認します。
モラルハザードには2つの意味がある
モラルハザードには倫理観の欠如という意味と、経済学でいう意味の2つがあります。まずは倫理観の欠如から確認します。 モラルハザードは保険業界で広まりました。
人が保険に加入するのは、病気やケガ、働けなくなったときの収入の補てんに繋げるためですよね。しかし「保険に加入している」という事実が加入者を安心させ、不健康な食生活をしたり、ケガに無頓着だったりといった行動を促すのです。
これを倫理観の欠如という意味でのモラルハザードです。
経済学のモラルハザードの意味とは?
経済学のモラルハザードとは、自分しか知らない情報を持っている場合、自分が努力を怠ることで他人に損失を与えることをいいます。
モラルハザードは、情報の経済学という研究分野で使われます。モラルという言葉に惑わされますが、経済学の意味は、倫理観ではなく情報がキーワードであることを押さえておいて下さい。
モラルハザードは保険業界から始まった言葉ですが広くビジネスにも行き渡っています。例えば外回りの営業パーソンに対して、働いても働かなくても同じ給料を与えたらどうなるでしょうか?サボる人が出てきてもおかしくないですよね。
上司は、部下がどれだけ外回りをしているか知らないのでこのようなモラルハザードが起きるわけです。上司・部下間で情報の非対称性が生じているので、モラルハザードが起こります。
営業パーソンのモラルハザードを防ぐにはどうしたら良いでしょうか?
1つの対策は歩合給にすることです。営業パーソンが働かないと給料が上がらない仕組みにすれば、情報の非対称性があってもモラルハザードを防げるのです。
金融業界におけるモラルハザード
金融業界におけるモラルハザードは、セーフティネットの存在によります。金融機関が業績を悪化させたとしましょう。
しかし国が公的資金を使って救済したら、預金者の預金は守られることになります。そうなれば預金者は金融機関を厳しく監視しないでしょう。
また、金融機関の経営者もいい加減な経営をするかもしれません。 セーフティネットの存在が金融機関と預金者双方にモラルハザードを引き起こすのです。
金融機関に健全な経営をしてもらうには、セーフティネットはできる限り小さくした方が良いでしょう。
ゲーム理論におけるモラルハザード
経済学の研究分野の1つにゲーム理論があります。ゲーム理論ではモラルハザードをプリンシパル・エージェント問題として説明します。
先の例で挙げた営業パーソンの例では、外回りで何をするかは、部下しか知らない情報なのでモラルハザードが起こりました。
これをプリンシパル・エージェント問題にあてはめると、上司が本人(プリンシパル)で上司から仕事を指示される代理人(エージェント)が部下です。
株主と経営者の関係でもプリンシパル・エージェント問題が生じます。株主が本人で、経営者が代理人です。株主は配当を得たいので、リスクがあっても大きなリターンが得られる事業を経営者に行って欲しいと考えますね。
しかし経営者はリスクが大きいと自分が経営者でいられなくなると考えます。
経営の実態は代理人だけが知る情報です。本来なら高いリターンが見込める事業であっても、経営者は安定した地位のために選択せず、無難な事業に進出することを選ぶのです。
モラルハザードと逆選択の違い
経済学のモラルハザードでは逆選択という用語との関わりも重要です。逆選択とモラルハザードの違いを確認します。
逆選択とは?
逆選択とは、自分しか知らない情報を持つ人が自分に有利になるように情報を扱うことから生じる問題を意味します。
個人間取引の中古車市場を例に逆選択を考えてみましょう。中古車を売ろうとする人は、自分の車の状態を知っています。しかし買い手には分かりません。
買い手が中古車の品質を知らないとき、どういう問題が起こるでしょうか?まず、買い手は中古車市場全体の平均的な品質に合わせて価格を設定するでしょう。
そうなると状態が良い中古車を持つ売り手は「こんな安い価格なら売りたくないな」と思います。すると中古車市場から高い品質の中古車がいなくなります。買い手はさらに価格を下げるようになりますから、普通の状態の中古車を持つ売り手も売らなくなります。
その結果、市場には質の低い車ばかりが出回ることになってしまうのです。これが逆選択の持つ問題性です。
ちなみに中古車市場から逆選択を最初に定式化したのは、ジョージ・アカロフという経済学者。アカロフはジョセフ・E・スティグリッツ、マイケス・スペンスと共に2001年にノーベル経済学賞を受賞しています。
3者の受賞理由は情報の経済学によるものでした。モラルハザードも情報の経済学の1分野でしたね。
具体例で分かる違い
逆選択とモラルハザードの違いについて、個人間取引の中古車市場の例で考えてみましょう。まずは逆選択です。売り手しか自分の車の状態を知らないので、買い手が価格を下げます。
しかし低い価格では売らなくなるので、結果的に市場には質の低い車ばかりが出回るという問題が逆選択でした。
つまり情報を持っている人が自分に有利になるよう、情報を扱うことが逆選択です。
モラルハザードは、情報を持っている人が努力を怠ることで、他人に損失を与える問題をいいました。
個人間取引の中古車市場でモラルハザードを考えます。
売り手は「故障しやすいが安い価格の中古車」を大量に売っています。売り手は費用をかけたくないので、販売前の点検をロクにしませんでした。買い手は故障しやすいことを知らないので、「こんなに安いなら!」と買ってくれます。
しかし、買った中古車はすぐに壊れて乗れなくなりました。情報を持つ売り手が点検をロクにしなかったことで、買い手は故障しやすい車を買わされたわけですね。
つまり逆選択とモラルハザードの違いは、情報を持っている人が情報を有利に扱のうか、情報を元に努力を怠るかという行動の違いです。
両者とも情報を扱うことには変わりありません。ただ、情報を持っている人がどう行動するかによって、逆選択なのかモラルハザードなのかという違いが生じるわけです。
モラルハザードが引き起こした事件
モラルハザードによって引き起こされた日本の事件を2件、確認します。
不二家
2006年、菓子メーカーの不二家は、消費期限切れの牛乳をシュークリームの製造に使ったことが報じられました。調査の結果、消費期限の改ざんも行っていたことが判明。改ざんには工場長や製造課長などの管理者が組織ぐるみで関わっていたことが明らかになりました。
不二家の例は典型的なモラルハザードです。消費者は食品がどのように生産されているかを知らず、生産工程は不二家しか知らない情報です。消費期限切れの牛乳を使うことも、消費期限の改ざんも、ルールに基づいて生産すれば起こらなかった問題です。
雪印
2000年に起きた雪印乳業の集団食中毒事件はモラルハザードの代表例です。停電により工場の脱脂乳が20度にまで温められたまま放置されました。その間に脱脂乳には細菌が繁殖。細菌を死滅させれば安全だと判断した同社は、脱脂乳を使って脱脂粉乳を製造しました。
その後大阪工場で低脂肪乳などに製造され、店頭に並びました。低脂肪乳を飲んだ消費者が食中毒を起こし、全国で約15,000名の大規模な食中毒事件に発展しました。
不二家同様に、生産工程についての情報を消費者は知りません。店頭に並んだものは安全だと思って口に入れます。雪印事件は、「細菌を死滅させれば安全だ」という、情報を持つ会社の怠惰さが生んだモラルハザードの代表例といえるでしょう。
まとめ
モラルハザードは保険業界で使われ始めた言葉で、情報の経済学やゲーム理論などの経済学でも使われるようになりました。モラルハザードには、倫理観の欠如と情報の経済学で使われる意味があります。モラルハザードの行動を取ってしまうのはなぜなのか?事例を元に考えるきっかけとなったのではないでしょうか。